シンガポールに住んでいると、「明治の日本人はどうしてこんな遠くまで来たんだろう?」と思うことはありませんか。住宅街の一角にある日本人墓地公園は、その答えに触れられる場所です。
130年以上前からこの地で暮らし、亡くなった日本人たちが眠っています。
この記事はこんな方に
- 💼働く側(駐在員ご本人)にとってこの地で働いた日本人の先人の歩みを知ることができる
- 🏡帯同する側(ご家族・パートナー)にとって子どもと静かに訪ねるときの行き方と、見学マナーがわかる
ざっくり言うと
- 🪦どんな場所かは1891年に許可された日本人の共同墓地。墓標は約910基
- 🚇行き方は最寄りはKovan駅。子連れならタクシーが楽
- 🙏見学するなら朝か夕方に。静かにお参りし、墓石には触れない
日本人墓地公園ってどんな場所?

明治から昭和にかけて、この地で亡くなった日本人の墓地です。1888年に日本人3人の名で英国植民地政庁に土地の使用を申請し、1891年に日本人共有墓地として許可されました。
1973年に新たな埋葬は停止され、1987年の大改修で「日本人墓地公園」と名前が変わりました。
- 📍 43 Chuan Hoe Avenue
- 🕛 毎日7:00〜19:00(祝日も同じ)
- 💰 入場料の設定はなし(維持のための寄付を受付)
- 🏛️ 管理はシンガポール日本人会
2002年の公園化工事の時点で、広さは約2.1万平方メートル。現在の土地はシンガポール政府からのリースで、2019年に延長され2039年まで使えることになっています。
園内の主な墓と碑

からゆきさんの墓
墓標のほぼ半数が、若くして海を渡った女性たちのものです。「からゆきさん」は「海外へ行った女性」という意味で、明治期に海を渡り、シンガポールなどで働いた日本人女性を指します。
小さな墓石が並ぶ一角は、園内でもとくに静かに手を合わせたい場所です。
二葉亭四迷の碑
明治の作家・翻訳家の記念碑。1909年にベンガル湾を航行中の船の上で亡くなり、シンガポールで荼毘に付されました。
1929年、当時の日本人社会が記念碑を建てています。
寺内寿一の碑と戦争に関わる慰霊碑
戦争の時代をたどれる碑も並んでいます。
寺内寿一元帥は1946年6月12日に亡くなり、この墓地で火葬されました。記念碑は日本人捕虜の手で建てられたものです。
ほかに、1947年に除幕された戦没者の慰霊碑や、1955年に建てられた戦犯裁判で処刑された人々の碑などがあります。
日本占領期にシンガポールの人々が受けた被害については、日本占領期の歴史もあわせて読んでおきましょう。子どもにも説明しやすくなります。
行き方と見学のコツ

- 🚇 Kovan駅(北東線NE13)から直線で約1km
- 🚕 タクシーなら日本人会(Adam Road)から約20分
- ⏱ 見学の目安は30分〜1時間
公園は住宅街の中にあり、駅から少し歩きます。小さな子ども連れや暑い日は、タクシーやGrabで門の前まで行くのが楽です。
大型バスで団体訪問する場合は、事前に日本人会へ連絡が必要です。
見学マナー
- 静かに歩く。公園になっていても、ここはお墓です。走ったり大声を出したりしないよう、入る前に子どもと約束しておきましょう。
- 墓石や碑に触れない、登らない。古い石は欠けやすいものもあります。
- 写真は控えめに。ほかの参拝者が写り込まないよう配慮を。
子どもと行くときのポイント
- 朝か夕方に行く。屋外で日陰が限られるので、帽子と水は必須です。
- 虫よけを塗る。緑の多い場所なので蚊対策をしておきましょう。
- トイレは出発前に。駅や途中の商業施設で済ませておくと安心です。
子どもへの説明のしかた
「100年以上前、ひいおじいちゃんのそのまたお父さんくらいの時代にも、シンガポールで働いて暮らした日本人がいたんだよ。ここはその人たちのお墓なんだ」と伝えると、小学生でもイメージしやすくなります。
からゆきさんの墓の前では「家族のために遠くまで働きに来た女の人たちが眠っているよ」くらいの言葉で十分です。
慰霊祭などの行事
毎年3月に、日本人会が日本人墓地慰霊祭を開いています。
ほかにも次のような行事が行われています。
- ボランティア清掃
- からゆきさんの慰霊巡拝
- 西有寺の開山記念法要
様子は日本人会のニュースレターで紹介されています。参加方法は日本人会の使い方も参考に、日本人会の案内を確認してください。
年表:シンガポールの日本人の歩み
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1880〜90年代 | Middle Road周辺に日本人社会ができる。現在のBugis Junction付近(Malay St・Malabar St・Hylam St) |
| 1891年 | 日本人共有墓地の使用許可 |
| 1911年 | 墓地内に西有寺が建立 |
| 1915年 | シンガポール日本人会が設立 |
| 1942〜1945年 | 日本占領期(1942年2月15日〜1945年9月12日) |
| 1945年以降 | 日本人は英国により引き揚げ、墓地はしばらく放置される |
| 1957年 | 戦後の日本人会が発足し、墓地の管理を再開 |
| 1987年 | 大改修を経て「日本人墓地公園」に |
| 2025年 | 在留邦人は33,397人(10月1日現在) |
戦前の日本人街だったMiddle Road周辺には、衣料品店の越後屋や日本人医師の医院、日本人会などがありました。いまのBugis周辺を歩くときに「ここに日本人街があった」と話すと、墓地で見た名前とつながります。
街歩きは民族街歩きガイドで。
よくある質問
寄付はできますか?
はい。日本人会は、会員・非会員を問わず墓地公園の維持のための寄付を受け付けています。
S$100以上の寄付者は銘板で紹介されます。
お花やお線香を持っていってもいいですか?
お参りの気持ちで花を供える場合は、ゴミは持ち帰り、線香など火を使うときは周囲に十分注意しましょう。
何歳くらいから連れて行けますか?
静かにできるかが目安です。未就学児なら短時間で切り上げるつもりで。
歴史の話が通じる小学校中学年以上だと、より学びが深まります。
関連記事
開門時間や行事は変わることがあります。訪問前にシンガポール日本人会の案内をご確認ください。
最終確認日: 2026-10-02


コメント